「やりたい施策はたくさんある。でも、それを実行しきれない」――意欲はあっても、リソース不足から次の手が打てずに悩んでいるマーケターは少なくないのではないでしょうか。
インキュベーター株式会社でマーケティング本部の部長を務める新村 恭平氏は、エンタープライズセールス支援・新規事業開発コンサルティング・地方創生という3事業を横断しながら、業務委託のパートナーと協働しマーケティング全体を推進する担当者です。
自身も業務委託として参画し、1人でマーケ全般を担っていた新村氏は、戦略を練っても実行が追いつかないという壁を経験。この課題を解決すべく業務委託の活用を進めた結果、展示会での商談獲得数を2件から20件へと引き上げ、PDCAサイクル全体のスピードを大幅に向上させました。
そんな新村氏に、業務委託パートナーとの体制構築や運用上の工夫、選定の判断軸など、試行錯誤を経て磨きあげてきた実践内容を伺いました。

社員5名、業務委託が50名規模――インキュベーターの事業と組織
インキュベーター株式会社(以下、インキュベーター)は、企業や自治体の事業創出・成長を支援する事業を、大きく3つの領域で展開するスタートアップ企業です。
大企業向けのエンタープライズセールス支援事業では、営業支援SaaS「アカマネ」の提供と実行支援を展開。新規事業開発コンサルティング事業では企業同士をつなぎ新しい事業を生み出す支援を、また地方創生領域では自治体の課題を解決できる企業とのマッチングも手掛けています。
同社で特徴的なのは、その組織構造です。3つの事業を抱えながらも社員数はわずか5名、継続的に稼働する業務委託パートナーが10~15名、案件ごとのスポット参画を含め約50名規模で事業を運営しています。
マーケティング本部の部長を務める新村氏は、こうした組織構造を活かし、3事業を横断するマーケティング全般を推進。日常的に連携する5名の業務委託パートナーとの協働で、マーケティング活動全体を組み立てています。
戦略を立てられても、実行が追いつかない――1人マーケターの限界
新村氏自身、インキュベーターには最初から社員として入ったわけではありません。最初の1年間は業務委託としてマーケティング全般を担当していました。その後社員として入社し、今度は自らが業務委託パートナーを活用する立場へと変わっていきます。
新村氏が業務委託として同社に参画した当時、チームと呼べる体制がなかったため、新村氏が施策の企画から実行、検証まですべてを一人でこなしていたといいます。
業務委託として携わった当初は、すべて一人でやっていました。私は戦略をがっつり作るタイプなのですが、作り終わった頃には市場感が変わっていて、せっかくの戦略が実行されずに消えていく、ということが多くありました。(新村氏)
当時の新村氏のミッションは「商談数を増やすこと」。しかしリソースが限られるなかでは、最低限の業務をこなすだけで精いっぱいでした。
「セミナー開催」「WebサイトやLPの改善」「展示会出展時の制作物準備」「メルマガ運用」「SNS運用」「営業資料・ホワイトペーパー制作」など、マーケティング活動に必要な業務は多岐にわたります。
当時の新村氏は、施策の企画・方針決定だけでなく、リサーチ・原稿作成・デザイン依頼・配信設定・レポート作成・進行管理まで、ほぼすべてを一人でこなさなければなりませんでした。戦略設計や顧客折衝に使うべき時間が、こうした実務に削られ続ける状態が続いていたと話します。
具体的なエピソードとして挙げてくれたのが、ホワイトペーパーの制作です。
当初は200~300ページ規模のガイドブックを構想していたものの、「本当は1ヵ月で出したかったのに、いろんな業務が重なって半年経っても形にできなかった」といいます。
さらに、作っているあいだにターゲットの仮説やサービス内容が変わり、完成する前に企画の前提ごと変わってしまうことも珍しくありませんでした。
せっかく作ったのに、もういらないものになる。そのサイクルがずっと続いていました。ボトルネックは明確で、スピード感が遅かったことです。(新村氏)
課題を打開する「業務委託」という選択
この繰り返しを断ち切るには、実行部分を分担できる体制を作るしかない。そう判断した新村氏は、リソースを補う手段を探し始めました。
しかし、複数の選択肢を検討したものの、どれも当時のフェーズには合いませんでした。正社員は採用までのリードタイムが長く、固定費も増えます。外部制作会社への外注は費用が高くなりやすく、スピード感のある運用や細かな改善には向きません。
採用コストや固定費の増加を避けたいインキュベーターにとって、正社員を採用するだけの余裕もなく、「業務委託しかないという感じでした」と新村氏は振り返ります。
アカマネのリリースを機に整えた、業務委託体制
業務委託の活用が本格化したのは、1年前に「アカマネ」をリリースしたタイミングでした。
アカマネは、エンタープライズセールスに特化したアカウントマネジメントツールで、属人化しがちな営業活動を組織全体で再現できる仕組みへと変革するサービスです。
コンサルティングサービスがメインだった同社にとって、SaaSという新たな事業の柱を持つことは、マーケティングのやり方そのものを見直す転換点となりました。
代表が3年間かけて構想してきたサービスをやっとリリースするタイミングだったので、かけられる予算は全部かけてやろう、という雰囲気でした。動画、SEO、展示会のためのデザイン、その後のインサイドセールス対応と、必要なものを一気にそろえていきました。(新村氏)
こうして整ったのが、コンテンツ・デザイン担当2名、メルマガ担当1名、SEO担当1名、インサイドセールス担当1名という、マーケティング領域のコアメンバー5名です。

会社全体では継続的に稼働する業務委託が10~15名、スポット参画を含めると約50名規模で動いていますが、そのなかでも新村氏が日常的に連携するマーケティングのパートナーはこの5名です。
注目すべきは、事業のフェーズごとに委託内容や稼働時間を柔軟に見直しながら運営している点です。SEOに力を入れる時期はSEO関連の委託業務を増やし、オウンドメディアをいったん止める時期はその分を別の専門家との契約に充てる形で、事業の優先度に合わせて委託内容を柔軟に調整しています。
会社のフェーズとして、固定施策をずっとやり続けるわけでもない。いろいろな施策を試して、ダメだったらやめて、また次に行く。そういうスピード感の中では、専門家を正社員で採用すると、その施策をやめたときに稼働が余ってしまう。業務委託でその時々のプロをアサインするのが、うちの事業フェーズには合っています。(新村氏)
PDCAが速くなり、展示会の商談数は2件から20件へ
体制が整ったことで最も実感している変化が、「PDCAサイクルのスピード」です。意思決定から着手まで、着手から完了まで、検証から次のアクションの立案まで――この一連のサイクルが明確に短縮されました。
成果として最もわかりやすいのが、展示会の結果の変化です。
同規模・同程度の予算で出展した2つの展示会を比較すると、準備が甘かった2025年12月の展示会ではリードを123件獲得できたものの、商談化は2件にとどまりました。
一方、業務委託パートナーとの体制が整い、クリエイティブの訴求軸を繰り返しブラッシュアップした上で臨んだ2026年4月の展示会では、リード100件超、商談20件、大手企業との接点も複数獲得できました。
「来場者の課題」を起点に、クリエイティブを見直す
なかでも、新村氏が特に効果的だったと振り返るのが、クリエイティブの訴求軸の見直しです。

クリエイティブや訴求軸のPDCAをスピード感を持って回せたことが、最終的にあの結果につながったと思っています。(新村氏)
新村氏がクリエイティブで意識したのは、「機能説明」から「来場者の課題の言語化」への転換でした。
以前のクリエイティブはサービス側が伝えたい内容を整理したものでしたが、展示会場を歩く来場者が一瞬で「自分に関係がある」と判断できる訴求にはなりきっていなかったと振り返ります。
来場者は数秒単位でブースを見るか判断するため、機能の網羅的な説明よりも、まず「自分たちが抱えている営業課題そのものだ」と感じてもらうことを優先したのです。
展示会後のフォロー設計を組み直す
クリエイティブの見直しと並行して、新村氏が力を注いだのが展示会後のフォロー設計です。
デザインなどの実務を業務委託のメンバーに任せたことで、新村氏自身がインサイドセールスへの接続フローや初商談獲得に向けたフォローコールの設計に集中できるようになりました。
以前は展示会後にまとめてお礼メールを送る程度で、どの企業を優先的に追うか、どの切り口で電話するか、初回商談にどうつなげるかが設計できていませんでした。リードの温度感を活かせず、アプローチが一律になっていたといいます。
こうした課題を受け、展示会を「名刺を集める場」ではなく「商談化確度を判断し、次の約束まで取り切る場」として設計し直しました。ブースでの会話中に、何に興味を持って立ち寄ったか、大手向け営業に課題があるか、検討段階か情報収集段階かといった情報をその場で記録し、優先度に応じてフォローの順番やトークを分けました。
加えて、温度感の高い来場者については、可能な限り当日その場でアポイントを調整するよう動きを変更。その結果、以前はゼロだった当日アポの獲得につながったといいます。
実務を任せることで、私は設計の部分に集中できた。そこが結果の差につながったと実感しています。(新村氏)
施策の幅が広がり、担う役割が変わる
このほかにも、業務委託の活用によって得られた変化を新村氏は3点に整理しています。
1つ目は「施策の立ち上がりが速くなったこと」。セミナー、メルマガ、SNS、Webサイト改善、展示会準備など、複数の施策を同時並行で進める際、必要なタイミングでパートナーに入ってもらえることで初動が早まりました。
2つ目は「企画・顧客折衝・改善判断に集中しやすくなったこと」。原稿作成、デザイン制作、配信準備、レポート作成といった実務を切り出すことで、施策全体の品質を高めるための時間が確保できるようになりました。
3つ目は「施策の幅が広がったこと」。社内だけでは後回しになりがちだったSNS運用、メルマガ改善、展示会クリエイティブ制作にも取り組みやすくなりました。
こうした定性的な変化は、新村氏自身の工数配分にも数字として表れています。

実務の多くをパートナーに委ねることで、「戦略設計」と「顧客折衝」の合計が35%から55%へと増加。以前は手が回らなかった新規施策の検討や改善活動にも時間を割けるようになり、単純な作業処理から、施策全体を設計・判断するポジションへとシフトしています。
「誰を入れるか」が体制の質を決める――新村氏がたどり着いた判断軸
こうした成果を支えているのは、体制の設計だけではありません。「誰を入れるか」という選定の判断が、チームの質を大きく左右しています。
新村氏が試行錯誤を経てたどり着いた選定基準は、「求める業務内容を経験していること」と「同じ事業フェーズを経験していること」の2つです。
業界(どの業種の出身か)よりも、この2軸の方がずっと大事だと一周回って気づきました。カルチャーは言語化しづらいですし、100%合わせるのは難しい。でも事業フェーズが一致していると、価値観がずれていてもそこを前提として受け入れられるんです。(新村氏)
この考えに至ったのは、フェーズのミスマッチを実感した経験があったからです。
当時契約したのは、スキルの高い優秀な人材だったものの、「働く仕組みが整った」大手企業の出身でした。そのため、事業の立ち上げ・拡大期にあり、「仕組みが整っていない中で素早く動く必要がある」スタートアップ特有の事業フェーズとは、ギャップが生じてしまったといいます。
結果を出すために動いてほしいのに、どちらかというと課題の指摘になってしまった。優秀な人だけど、このフェーズじゃなかった、と感じました。(新村氏)
この経験から、「事業フェーズの一致」が採用前の見極めにおける重要な判断軸だと確信するようになりました。
そして、選定時のもう一つのポイントとして、新村氏が挙げるのが「主体性」です。面接の場で積極的に質問が出てくるかどうかを、一つのパラメータとして見ています。
自分から問いを立てて、論点を分解して仮説を立てて動ける人が理想です。指示を待って、そのとおりにアウトプットを返すだけではなく、必要な情報を自分で取りに行ける人。業務委託の方には特にその主体性が大切だと感じています。(新村氏)
採用後の関係性においても、「業務委託のメンバー側から疑問点を出してもらう」スタンスを基本にしています。
週1回の定例ミーティングで進捗確認と論点整理を行い、次の進め方を相互に確認する。それ以外の場面では、疑問があれば業務委託の方から質問をもらう形で、自律的に動ける環境を整えています。
業務委託を「相互理解の入口」にする、インキュベーターの文化
インキュベーターでは、新村氏自身を含む社員の多くが、業務委託としての協働期間を経たうえで、双方合意のもと社員契約に至っています。
カルチャーは言語化しづらく、面接だけでは測りきれない。だからこそ代表はまずいっしょに働いてみることを重視しており、業務委託から始める文化が根付いているといいます。
スタートアップでは意思決定や方針が目まぐるしく変わることもあるし、仕組みが整っていない部分もある。それを前提として受け入れられるかどうかは、いっしょに働いてみないとわからない。業務委託としていっしょに働くことで、お互いのスタイルを確認する機会になっています。(新村氏)
業務委託を相互理解の入口として位置づけ、信頼を確かめながら関係を深めていくこのやり方が、社員数5名という組織でも安定した体制を維持できている土台になっています。
「コア業務は社員で、施策の専門家は業務委託で」という設計思想
採用と運用の設計を積み重ねるなかで、新村氏には「こう動かすと機能する」という確信が生まれてきたといいます。
施策を横断で見たり戦略を立てたりするコアな役割は、できれば正社員が担った方がいい。反対に、施策単位の専門家は業務委託で積極的に採用すべきで、多少契約料が高くてもこだわった人材を採用した方がいいと思っています。(新村氏)
制作会社などへの外注と比べると、個人への業務委託は費用を抑えやすく、かつ担当者を直接選べるため、成果のばらつきを抑えられるというのが理由です。
採用後の運用については、「何を、いつまでに、どのクオリティで求めているか」をできる限り明確にした上で業務委託の方に伝え、その内容が相手に届いているかを確認することを最重要ポイントとして挙げています。
サンプルを提示することもありますが、大切なのは相手がイメージできているかどうか。サンプルを渡しても相手のなかでイメージできていなければ、明確に伝えたことにはならない。相手がイメージできるレベルまで噛み砕いてお伝えすることが大切です。(新村氏)
体制の設計から選定基準、依頼の作法まで――新村氏が言語化してきた実践は、どれも試行錯誤の末に見えてきたものです。
社員5名という規模であっても、役割を明確に分けて専門家と協働する設計がとれれば、マーケティングの打ち手は広げられる。新村氏の歩みは、そのことを具体的に示しているといえるでしょう。
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本記事は2026年5月に実施した取材をもとに構成しています。取材情報は同時点のものです。引用は読みやすさのために体裁を整えています。
本記事で紹介した成果は取材対象企業固有のものであり、すべての企業に同様の効果を保証するものではありません。

